WEB銭の読書やグラベルロードのメモなど

マンガ「グラゼニ」が大好きな、ウェブ系の何でも屋さんが綴る、仕事とか、読んだ本のこととか、日常とか、世の中に関する忘備録。

毛沢東の大飢饉―史上最も悲惨で破壊的な人災1958‐1962

著者:フランク・ディケーター
発売元:草思社

 

目次

第1部 ユートピアを追い求めて
第2部 死の谷を歩む
第3部 破壊
第4部 生き残るために
第5部 弱者たち
第6部 様々な死

感想

 

あまり語られることのない、大躍進時代の中国に関するものすごい記録を集めた本ですな。

 

人の力によってこれほどの破壊がもたらされるのだから、世界には戦争よりももっと悲惨なことがあるということですな。

 

そんな戦争よりももっと危険なものというのは、間違った思想であるということですよ。


そんな本書の中でハマったフレーズは

 

まずは84ページ

 

私たちにはどういうことになるのかわかっていましたが、思い切って意見を言おうとする人はいませんでした。何か言ったところで殴られるだけです。私たちにはどうしようもありません。

 

あと

139ページ

 

より高い収穫目標を達成しようとする狂気が雪だるま式に膨らんで、制御不能に陥り、各地での被害状況を物語る証拠が次々と上がってくる中で、毛沢東は自らのキャンペーンが創りだした混乱に対して掌を返したように誰かれ構わず非難をし始めた。毛には政治の現場での様々な粛清を経て培ってきた直感的な自衛本能があった。

 

あと

146ページ

 

食べ物が十分になければ人は飢えて死ぬ。半数を餓死させてしまった方が得策だ。残りの半数はたらふく食べられるのだから。

 

あと

221ページ

毛沢東なら品質に対する懸念など一蹴できただろうが、欠陥商品文化は国際市場での中国の評価を大いに損なった。

 

あと

278ページ

 

平等は共産主義イデオロギーの根幹かも知れないが、実際には、どの共産主義国も手の込んだ階層型命令系統を構築した。なぜなら、この種の政権はえてして現実の敵あるいは仮想敵の恐怖に絶えず苛まれており、社会を軍隊式に組織することが正当化されているからだ。軍隊式の社会では各従属部隊が一切疑問をもつことなく命令を遂行することを求められ、どんな役人も上司に対しては金床であり、同時時に部下に対しては金槌であった。

 

これを昔の話、中国の話しと割り切ることができるであろうか?

おいらには、日本的企業、日本的組織も同じように見えてならんのですよ。

 

 

毛沢東の大飢饉  史上最も悲惨で破壊的な人災 1958?1962

毛沢東の大飢饉 史上最も悲惨で破壊的な人災 1958?1962