著者:山際康之
発行元:筑摩書房
まとめ
日本にプロ野球が、職業野球が誕生したときの話は、あっちこっちで語られています。それを軸に、日米野球の話や、沢村投手の話が、数多く語られています。が、私は知りませんでした。日本に職業野球が登場する流れと、日本でオリンピックが開催される流れが交差していただなんて。1940年に開催予定だった東京オリンピックの話もいろいろと知っているのですが、知らなかった。いや、気がつかなかった。そんな気づきを与えてくれる素敵な本です。そして、歴史は立体的に見ると面白いですね。
この本を読んだ理由
延期になったオリンピックと、もうすぐ始まるプロ野球。そんなときに手にしたのが、この本でした。
目次
第1章 プロとアマ
第2章 密かな交渉
第3章 争奪戦はじまる
第4章 あの手この手
第5章 選択の行方
感想
メジャーリーグの選手を含むチームを招聘し、日米野球が開催されたのが昭和6年。このイベントを仕切ったのは、読売新聞社長の正力松太郎。このイベントを読売新聞の拡販に利用したのは、さすがの正力松太郎。今のNPBにつながる日本職業野球連盟ができたのは昭和11年。読売巨人軍の前身である大日本東京野球倶楽部が登場したのは昭和6年。ちなみに、大日本東京野球倶楽部よりも前に日本運動協会や、天勝野球団が存在していた。
というお話は、日本プロ野球のトリビアクイズとか、マニアッククイズに出てくるので、皆さんCHECKですよ。
そして、アジア初のオリンピックは昭和15年に東京で開催される予定でした。この話はNHK大河ドラマに取り上げられましたね。そして、昭和15年の東京オリンピック開催が決定したのは昭和9年のことでした。
ここまでは知っていました。
しかし、はじめてオリンピック種目(公開競技だけれどね)に野球が採用されたのが、1936年のベルリンオリンピックだとは知らなかった!1936年と言えば昭和11年。このタイミングで「オリンピックはアマチュアの大会」と定義され、そのため日本で発足するプロ野球リーグに進むのか?そのまま大学に残りオリンピックを目指すのか?で揺れ動いた人がいるだなんて知らなかった。
プロ野球を下衆なものと定義し、アマチュア野球こそ崇高なものだと文部省が口を出し始めたのもこの頃だとは知らなかった。
そして、その後、大学生ではなかった沢村投手が徴兵されて、戦場に送られていくという。
ほんと、歴史は立体的に見なければダメですね。プロ野球とオリンピックの後ろに、様々な出来事が隠れているなんて知らなかったです。