著者:デイヴィッド・E・ホフマン
翻訳:平賀 秀明
発売元:白水社
目次
第1部(危地にて/ウォーゲーム/「戦争恐怖症」/細菌の悪夢/炭疽工場/死者の手/アメリカの夜明け)
第2部(「これまでのやり方じゃダメなのだ」/スパイの年/剣と楯)
第3部(レイキャヴィクへの道/武器よさらば/細菌、毒ガス、そして秘密/失われた年/最大の突破/不穏な年)
第4部(大変動/科学者たち/発覚/エリツィンの約束/「サファイア計画」/悪との対峙)
感想
前評判で圧倒的有利であったヒラリー・クリントンを破り、第45代アメリカ大統領に就任予定のドナルド・トランプ。
完全な泡沫候補で、お馬鹿なアメリカ人が後先考えずに投票した結果だ!と、ヒラリーを支持する方々は騒ぎたて、トランプ支持者を攻撃しているわけですけれど、別にドナルド・トランプが大統領になったからといって、この世界が終わるわけではない。
アメリカの大統領が変わるタイミングで、過去、何度も人類に聞きは訪れたのだから。
それに比べれば、ドナルド・トランプが大統領になったことなど、恐るにならないことだ。
ということが分かる本ですわ。
本書は、ロナルド・レーガンがアメリカ大統領に就任した頃から始まる。
元ハリウッドの俳優で、保守主義で自由主義者。トランプと違ってカリフォルニア州知事を経験しているけれど、バイク運転時のヘルメット着用を義務付ける法案を否決させたり、ベトナム戦争に対して訳の分からない発言をしていたりしたわけですわ。
レーガンが1980年に大統領に就任した当時のアメリカは、今と比較にならないくらい落ちぶれていた。トランプが「世界の警察として、これ以上の金を払えない」と騒いでいますが、その当時だって、同じことが言いたかったはず。でも、言えなかった。なぜならば、冷戦絶頂期であったから。世界の警察であるアメリカは悪の帝国であるソビエトと激しい覇権争いをしていたわけですわ。そんな時に、「おれ、警察やめる」なんて言ってしまったら、ソビエトから核ミサイルの飽和攻撃を受ける可能性がうググッと上がってしまうわけでですよ。
で、核ミサイルの飽和攻撃を受けてしまったら、それを受け止めるすべは、アメリカにはなかった。
別に核ミサイルが駄目!という憲法9情信者的な発想ではないのですわ。
ソビエトと比較し、アメリカの軍事力は大きく劣ってたから。核の抑止力を持ちだしたところで、核による攻撃力は圧倒的にソビエトが上だった。おまけに、アメリカには緊急核攻撃に関する組織だった指揮系統が確立されていなかった。
そういう状況でアメリカ第40代大統領になったのがロナルド・レーガン。
レーガンは保守主義的、自由主義的な政策のほか、ソビエトに対する軍事力の拡充を公約として訴えていたのですわ。どーしても、レーガノミックスばかりが語られますが、実際はそうではないのよね。軍事力の拡充、ソビエトに追いつけ追い越せもしっかりとした政策のひとつとして公約に掲げられていたのですわ。
体現されたのがスターウォーズ計画なわけで。
で、では、アメリカより優位に立っていたソビエトが、なぜ、崩壊してしまったのか?
本書は上下巻組で、上巻ではソビエトの強さにたいしてスポットライトが丁寧に当てられている。
圧倒的な核攻撃力に、アメリカがほとんど有していない生物兵器に化学兵器。アラル海のヴォズロジデニヤ島では炭疽菌、天然痘、野兎病、ブルセラ症、ボツリヌス菌、ベネズエラウマ脳炎、ペストなど、40種類以上の各種細菌が実験されていたのだ。そして、それらの細菌が漏れてしまう事故も、幾度と無く発生していたのだ。
そんな状況でありながら、なぜ、ソビエトは崩壊してしまったのか?
アフガニスタン侵攻と、チェルノブイリ事故であることに間違いはない。
ただ、それはきっかけであって、崩壊は様々な要因が複雑に絡み合って発生したわけで。
そういう話は下巻に続く、と。
とりあえず、わかったのは自分の信じる候補者と違う人間が大統領に選ばれたからといって自暴自棄にならないことですな。トランプが大統領になって、おかしなことは起きるかもしれないけれど、少なくとも、ロシアとの関係性は改善すると想いますわ。ソビエトとアメリカの関係性が最悪だった時、人類は何度も滅亡の危機を迎えていたわけだし。
ただ、それを我々が知らなかっらだけなのよね。
そういうことを思い知らされる本なわけですよ。
上巻巻末で登場したゴルバチョフは、巨大な帝国であるソビエト連邦が内側から崩れ始めようとしている状況を見て、様々な手を打ち始める。それはペレストロイカと呼ばれるものであったり、グラスノスチと呼ばれるものであったり。
そんな時期に発生したのがチェルノブイリ事故。
ソビエト指導部が意図的に隠蔽したことには間違いないけれど、発生当初は「どうしたら良いのかわからない」というのが正直なところだった、というのがわかる。
隠し通せるものではないため、ゴルバチョフはチェルノブイリで銃だ事故が発生したことを公表する。
その頃、もはや、ソビエトの金庫にお金はなかったのよね。
この状況を打破するために、様々な改革を打ち出し続けるけれど、それはソビエト権力層の既得権益に手をかけることになり、ゴルバチョフはクーデターを起こされてしまう。
そんなゴルバチョフの心の支えは、家族と、それまでソビエトを悪の帝国と激しく罵っていたロナルド・レーガンアメリカ大統領であった。米ソ両国の核兵器開発によるチキンレースに終止符を打ち、人類を破滅の危機から救いたい、その共通の思いだけが二人の間に強い信頼関係を育んだという。
ゴルバチョフがもう少し、ソビエトのトップにいつづけることができれば、核兵器はもっと減っていた、もしかすると全廃となっていたことでしょう。なにしろ、レーガンとゴルバチョフが核兵器削減に合意できたために、両国合わせて6万発もあった核兵器は1万を切るまで削減されているのだから。
しかし、ゴルバチョフはソビエト最高指導者の職を終われ、ソビエトと言う国家自体がなくなってしまう。
冷戦的に言うとアメリカの圧勝であったが、ソビエトが有していた核兵器や、生物化学兵器がソビエト連邦を構成していた国々から流出してしまう恐れが出てきた。何しろ、そんなに危なっかしい武器はロシアとよばれる国の周辺地域で、管理・研究・保管されていたのだから。
唯一の超大国となったアメリカは、それら国々に出向き、核兵器や、生物化学兵器の回収を始める。が、そんなにかんたんに回収できるようなものではない。そもそも、ソビエトは秘密裏に開発・管理をしていたのだから。それも、炭疽菌や、ペスト、VXガスに、サリンなどを。
冷戦絶頂期に行われた米ソ両国の軍拡競争は、ソビエトの崩壊ということで集結した。しかし、その結果は21世紀の我々に対して大きな負の遺産を残した。アルカイダにISISは、ソビエトから流出した様々な武器を有していると言われているし、3.11以前に発生した最大の都市型テロであったサリン事件で、オウム真理教が化学兵器や毒ガス兵器の技術を手に入れたのは、ロシアであったのだから。
我々は、いつまでこの負の遺産に怯え続けるのであろう?
でも、ロナルド・レーガンとミハエル・ゴルバチョフが核兵器大幅削減に合意をしたおかげで、人類は20世紀に滅亡しないで住んだ、ということがよく分かる本。