カンマニのWEB銭

マンガ「グラゼニ」が大好きな、ウェブ系の何でも屋さん「カンマニ」が綴る、仕事とか、読んだ本のこととか、日常とか、世の中に関する忘備録。

銀座と資生堂 : 日本を「モダーン」にした会社

著者:戸矢理衣奈
発売元:新潮社

 

目次

第1章 「新橋」から「東京銀座」へ
第2章 「文明ノ程度」と西洋式空間
第3章 社交界の誕生
第4章 帰朝者たちの遊び場
第5章 商品をしてすべてを語らしめよ
第6章 流行はいかに発信されたか
第7章 「人の和」による全国展開
第8章 資生堂調の原点
終章 銀座・東京・日本

 

感想

 

サブタイトルは"日本を「モダーン」にした会社"ですわ。日本最大の化粧品会社にして、銀座を代表する企業。なにしろ、銀座のどまんなかで今も昔も、化粧品だけでなく、ファッションや文化自体を発信し続けている会社なのですから。

 

そんな資生堂の歴史をわかりやすく紹介してくれた1冊ですな。

 

銀座にパーラーもあり、ギャラリーもある資生堂ですが、創業から50年くらいは「新橋資生堂」と名乗っていたんですってな。これは知らなくて、ちょっとびっくりしたのですけれど、日本の近代史を横においてみれば、なるほどなっとくなのですよ。だって、日本ではじめて鉄道が敷設されたのは新橋・横浜間なわけでして、今は東京駅が玄関口で、新橋はオヤジの街の代名詞だけれど、明治初期はそうじゃなかった。新橋が鉄道の玄関口だったわけですわ。

 

だからの「東京新橋資生堂」だった、と。

 

しかし、資生堂初代社長の福原信三は、この「東京新橋資生堂」というイメイージを「東京銀座資生堂」に変えていった、と。

 

なぜ、変えていったのか?

 

東京の中心地が新橋・汐留から東京・銀座に移ったから。

 

一言でまとめてしまうと物凄くシンプルだけれど、明治・大正・昭和の時代の流れに合わせた大変革だったわけですよ。ある程度、国のイメージや、都市のイメージが確立していた時代でいでもなかったわけですし、森ビルや、三菱地所のようなDeveloperもいなかったわけで、文字通り、手探りで、「散切り頭を叩いてみれば、文明開化の音がする」というじだいから、列強各国とやりあうまでに育っていったわけですよ。

 

そんなある意味、国策とも言える、まちづくりに資生堂は沿ってきた、と。

 

パーラーも、ギャラリーも、云うてしまえば、化粧品も、そんな時代の流れにそって生まれ、育ってきたのだということがよく分かる本ですわな。江戸時代的な価値観で、女性が外出して、おしゃれを楽しむ、着飾って観劇を楽しむって文化が生まれなければ、資生堂が販売するような化粧品はそもそも必要なかったりするわけでさ。

 

文化の香りをさせる化粧品会社なわけですけれど、黙っていたら文化の香りがするようになったわけじゃない、ということがよく分かる本ですわ。

 

いろいろと考えさせられる本なわけですわな。